
大好きな生き物と暮らす、循環型農業を目指して
田上町「ふなくぼ農園」
2025.2.18
新潟市の南東にある、人口約1万人の小さな町「田上町」。東半分は護摩堂山を始めとする山々と湯田上温泉、西半分は越後平野が広がる自然豊かな町です。ここに、生き物が大好きで、「自分が小さい頃に遊んだ、ドジョウがいる田んぼを復活させたい」と願い、お米や野菜の自然栽培※を始めたご夫婦がいます。それがこちらの、「ふなくぼ農園」船久保栄彦(はるひこ)さん・文美(ふみ)さんご夫婦。今日は田んぼや畑や鶏舎を案内いただきながら、おふたりから農業を始められたきっかけなど、いろんなお話を伺いました。
※ふなくぼ農園さんからの補足。「田んぼも畑も自然栽培から始めましたが、今は畑の土づくりのために有機物も投入しています。有機物は、キノコ栽培後に廃棄される菌床を1年発酵させたものや、もみ殻と米ぬかと鶏糞を混ぜて発酵させたもの、鶏舎の床で2年以上発酵させた鶏糞や稲わらなどです。また、野菜の生育状況によっては、有機肥料として菜種油かすを少量使用することがあります」
実はおふたりとも元々は農家ではなく、栄彦さんはスーパーの鮮魚担当、文美さんは実家の工場に勤務していました。まずは、どうして自然栽培の農家になろうと思ったのか、そのきっかけや経緯を伺いました。
「元々、小さい頃から生き物が好きで、環境問題にも興味がありました。特に魚が好きだったこともあって、スーパーの仕事も楽しかったんです。毎日、いい魚を仕入れて、たくさん売って。でも、ある時気付いたんですよね。自分、大量生産・大量消費の一端を担ってるんだな、って。これって、突き詰めて考えると、“このままだと大好きな魚がいなくなる”ってことなのかもしれないって」
と栄彦さん。
ちょうどその頃、ご長男の誕生をきっかけに本をたくさん読むようになり、この「大量生産・大量消費」という社会の仕組みにも疑問を持つようになったそうです。「楽しい仕事だけど、本当にこのままで良いのか?」と。
そこで、両親に頼み込んで実家の田んぼの一部を借り、サラリーマンをしながらお米の自然栽培を開始。これが2008(平成20)年のこと。翌年2009(平成21)年にはご自身で田んぼを購入し、文美さんが工場勤めを辞めて就農。2014(平成26)年には栄彦さんも退職して専業農家となり、野菜の自然栽培も始められたとのこと。
…あ、あれ?
「このままだと大好きな魚がいなくなる!」から、魚の方にはいかなかったんですね?
「漁業よりも農業の方が、いい循環を作り出せると思ったから、かな…。農家になって、自然環境に負荷をかけない栽培方法でお米や野菜を育てて、自分で販売して、お客さまに食べてもらう。で、またそのお金を使って、育てて…ってことを繰り返していけば、どんどん自然環境が良くなっていく。お客さまにも喜んでもらえる。自分にとって気持ちのいい循環ができるな、と思いました。自然環境が良くなれば、大好きな魚や生き物も生きやすくなるはずだと」
と栄彦さん。
…あの、文美さんは?大丈夫でしたか?なんとなく、ここまで聞いた感じだと、栄彦さんが突っ走って進めた感じがしますけど(笑)。
「いや、そんなことないですよ。ふたりで決めていました。…まぁ、始まりはだいたい、はるちゃん(栄彦さん)ですけど(笑)」
「そうだね。俺が本読んで、思ったことを飯食いながらしゃべって、文美がふーんってなって」
「そうそう、私は“いいんじゃない”って言って」
「で、“いつか農家やろう”ってなった」
…おぉ。
なんて緩やかな進め方。
こうやって、自然な流れで、進んで来られたんですね。
(こういう人生の大きな方向性の決定って、夫婦で意見が分かれて、どっちかが妥協して協力する…とかよくあるけど、船久保さんご夫婦はそうじゃないんだな…)
おそらく、おふたりの根底に流れる「生き物が好き」という共通の価値観が、緩やかな合意形成を生み出しているんでしょうね。
おふたりの生き物に対する愛情は、SNSの投稿からも感じられます。下の鶏の写真と共に記されていたのは、「おなかを壊してる姉さん達(ニワトリの)が続出してるので、酢水を飲ませてみました。治るといいな。目を見開いてスッパそうにしてるように見えるのは気のせいだろうか?」と。このあたり、その表現からも、「生き物好き」が伝わってきます(笑)。
そんなこんなで、大好きな生き物に囲まれた、理想の環境・循環を生み出す自然栽培の農業を始めた船久保さんご夫婦。初めて収穫したものについて「おいしかったですか?」尋ねると…
「いや~どうだったかな~。よく覚えてないです(笑)。特に衝撃的な印象とかはないかな…。元々生き物が好きで始めた農業だから、あんまり味に興味もなかったしね」
と笑う栄彦さん。
「そうそう、味よりも、“育たたねーなー”っていう印象の方が強い」
と文美さん。
「どちらかと言うと、育っていく様子を楽しんでいたよね」
「そうそう、自分の畑や田んぼでの共生環境を見るのが気持ち良かった」
「お義母さんに草取られて嫌がってたもんね(笑)」
「そうだった!“何してくれてるんだ!”って怒ってたな、俺(笑)」
と、軽快な思い出トーク。
肥料も農薬も使う一般的な農業(慣行栽培)を行っているご両親からすると、草がボーボーに生えている畑や田んぼは信じられなかったんですよね。栄彦さんのお母さまは「草を刈っておいてやろう」と、良かれと思ってされたこと。でもその草が、畑や田んぼの生き物たちの共生環境を作り出す、栄彦さんにとって大切なものだったんです。
そんな「あんまり味に興味がなかった」というおふたりにも、ついに自然栽培の野菜のある特徴に気付く時が来たそうで…
「割と最近、6~7年前なんですけど、他の慣行栽培の野菜を食べたときに“あれ?なんかおいしくない?クサいぞ…”って」
と栄彦さん。
「そうそう、急に“あれ?なんか濃い?強い?”って感じで」
と文美さん。
詳しく伺うと、冬菜が分かりやすいそうです。
冬菜は苦くて、「これが新潟の味」「オツな味」「つまみに最高」などと一般的にはよく言われていますが、自然栽培の冬菜は違うんだそうです。船久保さんご夫婦曰く、「苦味は感じるけれど、エグ味みたいなものはない」と。
「昔、農家の友人が、自分が育てた自然栽培野菜の味を“クリアな味です”ってお客さんに言ってて、“商売上手だなー”って思って聞いてたんですけど、まさにそれ!“うちの野菜もクリアな味だー!”って2人でなったよね(笑)」
と文美さん。
こうやって、突然、自然栽培野菜の「クリアな味」に気付いたおふたり。もちろん、この「クリアな味」のおいしさにお客さまは気付いていて、マルシェなどで直接「おいしい」との声を聞くと、とてもうれしいとのこと。
「自分で育てて、お客さまに食べてもらいたい、喜んでもらいたいというのは、農業を始めた動機の1つだったので、顔が見える人に販売して、喜んでもらえていることを直に感じられるのはうれしいです」
と栄彦さん。
反対に、「あぁ、農家つらい…」って思う時はありますか?
「ないですね!」
なんと!
おふたりそろって、そんなにもハッキリと!!(笑)
「落ち込むことはありますけどね。数年前、自然栽培のお米が全くとれなくて。お客さんたちに、お詫びの手紙書いたもんね、“お売りできるものがありません”って。あれは切なかったなぁ…」
「確かに、あれは切なかった。でも、しょうがないからね。自分たちの技術の問題でもあるし。俺はまぁ、30分くらいヘコんで、文美は…うん、2日くらいか(笑)」
と、つらいはずの思い出を笑って話すおふたり。
その年は、慣行栽培だと30㎏のお米が130袋くらい収穫できる田んぼで、なんと、12袋しか収穫できなかったそうです。
さらにおふたりには、お客さまとは別のプレッシャーがあり…
「収穫できないと、私たちよりも親が心配するんです。“これ、ずっと続けるの?”って」
と文美さん。
「親にとっては、農薬も肥料も使う農業が当たり前だからね。自然栽培に関しては、今まで親と散々戦って説得し続けているわけだから、2年連続で米がとれなかったりすると、“生活大丈夫なの?”って真顔で言われちゃうよね…(苦笑)」
と栄彦さん。
「うん、だから、その次の年に思ったよ、“今年こそは、ちゃんと収穫できるようにしないと…!”って。うちらは明るく捉えられても、お義父さん・お義母さんにとっては心労になっちゃうから…」
心配されるご両親の気持ちも分かります。
そしてそれを「心労になっちゃう」と気遣う文美さん、優しい…。
それにしても、本当に楽しそうなんですよね、船久保ご夫婦。先ほどの全く収穫できない時の切なさや不安、ご両親の心配の声や、3人のお子さん。背負うものは少なくないはずなのに、それらを全く感じさせないこの雰囲気。
…なぜですか?
「“農家って大変だよね”って思ってる人、多いですよね。農家自身も、そういう風に言いがち。“農家って超大変で、汚いし、儲からない。だからうちらの野菜、買い叩かないで!良い値段で買って!”って。そういう発信も多いですよね。でもね、実は農家ってすごい面白いし、農業って超クリエイティブで楽しい仕事なんですよ」
と栄彦さん。
「だって、自分で重機乗って、穴掘ったりするんですよ!農業って、結構いろんな機械を扱うし、小屋を建てるのも、テレビでやってる無人島みたいに自分でやる。もう面白くて。それでまた、そこで自分で育てたものを食べて喜んでもらえる。こんなに面白い職業って、そんなにないと思うんですよね!」
ダメだ、栄彦さんの勢いが止まらない。
目がキラキラしている。
「だから、よくお客さんから“大変ですね”って言われるんですけど、全然大変だなんて思ってなくて。楽しくて、全部好きでやってるだけなんですよ(笑)」
えぇ、分かります。
栄彦さんからは「農業楽しい!」が溢れて出ている。
「しかも休めるしね。自分次第で」
と、冷静な声で文美さん。
「まぁ、実際そんな休んでないけどね」
と、すかさずツッコミを入れる栄彦さん。
「でも、もうストレスがすごくて、会社行くのも嫌だ~ってくらいの時も、会社は休めないけど、今は休めるじゃん」
と、文美さん反撃。
「確かに。嫌だったら辞めればいいしねー」
と、栄彦さん、豪快な結論に至る。
「農業は超クリエイティブで楽しい仕事」と初めに仰ったのは、おそらく、全てが自分次第、自分たちで決めることができる・作ることできるという、自由を謳歌する楽しさがベースなんだろうな。さらに、その自由な楽しさの中で、自分たちが大切にしたいもの、生き物や自然や家族やお客さんが生き生きしている。そんな理想が形になっていく。それが実際に見える。だから「クリエイティブで楽しい」が、続いていく。もちろんその反面、「全ての責任は自分たちにある」という自覚もお持ちで、お米が全く収穫できなかった時も「自分たちの技術の問題」という結論になり、責任転嫁はしない。
おふたりが目指していらっしゃる「循環型農業」の「循環」の中には、こんなおふたりの気持ちの好循環も含まれているんだろうな、と思いました。自分を含めて、良い循環が生まれているから、それは気持ちがいいはず。楽しいはずだわ!
少し話は変わりますが、栄彦さん、「協同組合 人田畑(ひとたはた)」の代表理事もされてますよね?この組合は、「志を同じくする小さな農家さんが集まって、1つの方向に進んでいく」という認識で合っていますか?
「立ち上げた目的としては、“自分だけではできないことも、みんなでやればできるよね”っていうのと、“外部に依頼せず、生産者自身がいろいろやることでコストを下げて、その分をお客さんに還元したい”という狙いもあります。自分たちが作った農作物や加工品を商品化し、それを自前のオンラインショップで売っているのもその1つです。協同で出荷することで輸送費も抑えられるし、事務作業もまとめられて効率化できる。安易に販売委託をするのではなく、自分たちで勉強と経験を重ねて自前で運営すれば、自分たちに利益も残るし、お客さまにも還元できる。自然栽培など、こだわりを持って育てられたものは、今はどうしてもコスト高になってしまって、なんとなく、“お金に余裕のある人のもの”みたいになってるでしょう?でも、本来、俺らがやりたいのはそうじゃない。もっと身近な存在として、みんなに食べてもらえる価格になるように、頑張っていかなきゃいけない」
栽培方法は、それぞれの農家さんで異なるんですか?
「そうですね。栽培方法はそれぞれです。“世界一おいしいごはんが食べられるNIIGATAをつくる”を理念に集っているので、それぞれの栽培方法のこだわりは、あくまでもこの理念の実現に向けたプロセス、という考え方。あとは、“生産者と消費者”という枠を取っ払って、一緒に田畑で楽しみ、抜群に良い素材と楽しい仲間たちで、おいしいごはんを食べよう!…というのが、人田畑の想いです。そのための勉強の土台でもあるし、拠り所でもあるし、旗印でもある」
2024年11月現在、協同組合 人田畑 を構成する農家は22軒。人田畑に所属しているからといって、栽培方法に関して「必ずこうしましょう」という決まりはない。それぞれのこだわりを尊重しながら、共通の楽しみや目的を持って集っているんですね。
「あと、新しい人が始めやすいようにしたいっていう思いもあるよね?無農薬や自然栽培で農業を始めた時に、まず売るところがあると始めやすいからね」
と文美さん。
「そうだね。俺らもそうだったけど、新しい人にはなかなかハードルが高いからね。上手くいくようになるまで、時間もお金もかかるし。だったら協同組合に入って、一緒に活動して、一緒に販売までやれるってのは、仕組みとしてすごくいいよね」
と栄彦さん。
「あと、ナチュレ片山さんの存在も、人田畑に集うような小さな農家にとって、大きな存在なんですよ」
おぉ…、ありがとうございます。
詳しく伺ってもいいですか…?
「昔、小売店で働いていたのでよく分かるんですけど、小売店って、たくさん仕入れてコストを抑えて、たくさんの人に売るっていうのが基本じゃないですか。だから、たくさん作れない・納入できない、うちみたいな小さな農家は、そこに入れないんですよ。でも、ナチュレ片山さんは、その制限なく受け入れてくれる。自分たちが作ったものが店頭に並ぶ。表現できる場がある。その場が確保されている。これが小さな農家にとって、非常に大きいんです」
なるほど…
「それに、ただ置いてあるだけじゃなくて、僕らの農業をちゃんと表現して、伝えて、販売しようという姿勢があり、有難いです。こういう風に僕らのことを理解して、一般のお客さんとの窓口になってくれる。しかも、一時的なイベントではなく常設。ナチュレ片山さんの存在は、相当大きいですよ。流通面でも僕らが直接ナチュレ片山さんに持って行ってやり取りできるので、すごく有難いと思っています。よく県外の人から、うらやましがられますもん。“新潟にはそんな場所があるの!?”って。お客さまにとっても良いことですしね。ナチュレ片山に行けば、こだわって作られた農作物が必ず買えるって分かるので」
最後に、今後やってみたいと思っていること・考えていらっしゃることを聞いてみました。
答えてくださったのは、栄彦さん。
「ちょっと概念的な話になっちゃうんですけど、一般的に農業って、“先祖代々受け継いできた土地をいかに有効活用しようか?資産価値を高めようか?”って考えて、それぞれの農家が取り組んでいますよね。でも、地球レベルで、長い地球の歴史から見れば、今耕している農地なんて、“たまたまその時、預かっているだけ”なんですよ。大きく考えれば地球はみんなのものだから、地球で食べ物を作る人も、できた物を食べる人も、一緒に農業の楽しさを共有できたらいいのになぁって。そしたら、もっと面白くなると思うんですよね。農業という活動と楽しさをシェアできる・共有できる仕組みづくりとか、どうすればいいかなぁって、結構考えてます」
“農業という活動と楽しさをシェアする”。
この考え方の先には、やはり、大好きな生き物を育む自然環境にも目が向けられていて…
「農業をいろんな人とシェアすることが普通になったら、子どもも田んぼや畑にやってくる。その時、子どもがたちに“これ舐めちゃダメだよ”とか言えない。そんな農薬使えないじゃないですか。そう考えていくと、自ずと人にも自然にも、優しくなれるんじゃないかなと」
ご自身の農業を起点に、地球規模の優しい未来を描く栄彦さん。
その隣で、微笑みながら文美さんがうなずく。
船久保さんご夫婦の思考の深さと発想の広がりに、感服します。
イチ消費者として、そんな風に考えたこと、なかったな…。
また、私たちナチュレ片山は、このような地球規模の優しい未来を描く方々・農家さんを応援したくて、知っていただきたくて存在しているんだということを、今回改めて再認識しました。
一緒に、頑張ります!
(2021.8.18取材)
ナチュレ片山 本店